絶え間なく降ってくるキスの雨を受けながら、わたしは、わたしたちに残されているわずかな時間について考えている。
 キスと一緒に吐息が唇に触れると、最初は生ぬるかったそれはいつのまにかしっとりと湿り、熱を帯びていることに驚く。こんなにも性急に求めてくるなんて珍しいと思った。彼はいつでもわたしのペースを尊重してくれていたから。ときにはもどかしいくらいに何もしてこなくて、こちらが腹を立ててしまうことすらあったのに。
 時の流れはなんて残酷なんだろう。
「んっ、んぅ……、」
 せつなげな声で名を呼ばれ、全身が粟立った。唾液を飲みこむ。日向の味がする、なんていえば彼は照れて動きを止めるだろうか。止めてほしいわけではないのだけれど。
 持ち上げた視線の先には日向の瞳があって、まっすぐにわたしを見つめていた。キスをするときに目をそらさなくなったのは、彼が海外でプレーするようになってから。つまりプロに――おとなになってからだ。高校時代にはじめてしてからキスなんていくたびも交わしたのに、いつまで経ってもそのときになるとぎゅっと目をつむってしまう日向がいとおしくてたまらなかった。
 なんで目つむるの、と問えば、「だってとのキスはぜんぶが大事だから」などとまじめな顔で言う。ぜんぶ大事にしたいから。一回一回のキスをたいせつにしたいから、と。
 目をとつむることで気恥ずかしさから逃れようとするいっぽう、カメラのシャッターを押すようにわたしとの時間をトリミングしているのだという。
「ね、目ぇ閉じなくていいの?」
「え?」
 唇を食みながらシャツのボタンを外そうと動いていた手が止まり、日向は首を傾けた。困ったようなあどけない表情がおかしくて、わたしはふふっと笑った。
「わたしのとのキス、たいせつにしなくっていいの」
「あっ、えっと……」
 日向の、前回会ったときに比べてまた少し大きくなったような手が、居心地悪そうに胸もとをさ迷っている。わたしの目を見つめる瞳は困惑の色を浮かべていて、途端に彼がかわいそうになってわたしは日向の首に腕を巻きつけた。
「うそ、ごめんね、意地悪言った」
 あつい体温を感じた。息を吐いて、静かに吸った。制汗スプレーの人工的なサボンの香りのあいまに、かすかな汗の匂いをかいだ。わたしに会うからって、そんな似合わないことをしなくていいのに。高校生のころみたいに、汗まみれの体で抱きついてきてくれてよかったのに。
 耳たぶを甘噛みすると、日向の手が背中に触れた。指のひらがシャツ越しに肌をなぞった。
「ちがうよ? 
 日向の声がわたしの体の奥にじん、と響く。
とするキスは、いっつもぜんぶ大事だよ。当たり前じゃん。でもさ、今は、目ぇ開けてちゃんと見てたいって思った。だって俺、もうすぐに行かなきゃなんねぇから」
 うん、わかってるよ、ありがとう。わたしは日向の耳に声を吹きこむ。かすかに、日向の体がふるえた。耳が弱いのだ、彼は。
 日向の弁明は、すなおな彼らしくまっすぐで、澱みがなかった。わたしは甘いため息をついて、成長した体を抱きしめる。日向の腕がわたしを抱きしめかえして、わたしたちはつかのま一つの塊になる。
「じゃあ、しっかり焼きつけて」
 わたしの目を、姿を、ちゃんとその目に映してね。
。だいすき」
 つよい力でぎゅっと抱きしめられると、もうそれだけで溶けそうになる。キスや、その先の行為以上にわたしを痺れさせる力。
 目の周りがあつくなって、涙が出そうだった。泣かない、泣いてはいけない。――また次に会うときまで、この体温をしっかりと肌に刻もう。


title by 春つ暇
(24.****)